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東京地方裁判所 昭和30年(刑わ)1744号 判決 1960年9月13日

被告人 ウオーレス・E・チエニー 外一名

主文

一、被告人ウオレース・E・チエニーを懲役八年に、被告人福田清子を懲役参年に各処する。

二乃至四(略)

理由

(事実)

被告人ウオーレス・E・チエニー(以下チエニーと略称)はアメリカ合衆国アラバマ洲ハンズブヱル高等学校卒業後軍隊に身を投じ、昭和二十一年以来日本に駐留し、羽田空軍基地にM・Pとして勤務していたが、昭和二十三年頃被告人福田清子と内縁関係を結び、昭和二十四年九月除隊後は引続き日本に滞在して貿易商をはじめ、そのかたわら広く株の売買をし、昭和二十七年頃から映画の輸入業をも営んでいたもの、被告人福田清子は終戦後洗濯業を営んでいたが、昭和二十三年頃から被告人チエニーと内縁関係を結び、同被告人と共に株の売買等をしていたが、昭和二十八年頃からは実弟福田松寿の経営する株式会社第百殖産の会長となつていたものである。ところで、

第一(放火、詐欺)(略)

第二(偽造有価証券行使・詐欺)(略)

第三(建造物侵入・窃盗)

被告人福田清子は尹太宇と共謀の上、さきに被告人チエニーに対する詐欺被疑事件(前記第二の事件)の証拠品として司法警察員小野寺豊吉が押収し、当時警視庁内に保管されていた被告人チエニーの所有にかかる新理研の株券多数を同庁内から盗み出そうと企て、尹太宇において、昭和三十年一月二十五日頃の夜間、警視総監江口見登留の管理にかかる東京都千代田区霞ヶ関一丁目二番地警視庁庁舎内に法務省側玄関より故なく侵入し、更に同庁一階刑事部捜査第三課第十号調室の出入口扉を所携の釘抜きを用いてこじ開け、同室内に立入り、同室主任警部補登坂茂春の保管する前記株券四百十三枚(五十株券額面二千五百円のもの十八枚、百株券額面五千円のもの三百九十五枚、時価合計約百十三万千二百円相当)を窃取し

たものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人等の判示所為中第一の(一)の(イ)の放火の所為は刑法第百八条、第六十条に、第一の(一)の(ロ)の詐欺の所為は同法第二百四十六条第一項、第六十条に、第二の所為中偽造有価証券行使の所為は同法第百六十三条第一項、第六十条に、詐欺の所為は同法第二百四十六条第一項、第六十条に、第三の所為中建造物侵入の所為は同法第百三十条前段、第六十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、窃盗の所為は刑法第二百三十五条、第六十条に該当するところ、被告人ウオーレス・E・チエニーの所為中第二の偽造有価証券行使と詐欺の間、被告人福田清子の所為中第三の建造物侵入と窃盗との間にはそれぞれ手段、結果の関係があるので、それぞれ同法第五十四条第一項後段、第十条を適用してこれを一罪とし、被告人ウオーレス・E・チエニーについては重い前者の刑、被告人福田清子については重い後者の刑に従い処断すべく、判示第一の(一)の(イ)の罪については所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条、第十四条に従い重い判示第一の(一)の(イ)の放火罪の刑に法定の加重をなし、さらに被告人福田清子に対しては情状にかんがみ同法第六十六条、第七十一条、第六十八条第三号に従い酌量減軽した刑期範囲内で被告人ウオーレス・E・チエニーを懲役八年に、被告人福田清子を懲役参年に処し、同法第二十一条に則り未決勾留日数中被告人ウオーレス・E・チエニーに対しては参百日、被告人福田清子に対しては四拾日を右各本刑に算入し、主文掲記の物件は判示第二の偽造有価証券行使罪の組成物件であつて何人の所有も許されぬものであるから同法第十九条第一項第一号、第二項に従い之を被告人ウオーレス・E・チエニーから没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を適用し、主文第四項のとおり被告人等に負担させる。

(量刑の事情)

(一)  被告人等に対する量刑は、一件証拠によつて認め得る被告人等の性格、年令及び境遇並びに犯罪の軽重及び共犯者間で占める被告人等の地位その他諸般の情状を斟酌した上慎重に行つたのであるが、特に指摘して置くことは次の事実である。

(二)  本件各犯行はいずれも被告人等の綿密な計画と用意周到な行動のもとになされたものであり、これにその被害金額、犯行の態様などを合せ考えるとその情状は極めて悪質である。

(三)  しかし被告人清子については

(イ)  同被告人は判示第一の犯行では当初被告人チエニーより同犯行の計画を打明けられた際強く之に反対している。しかるに、同被告人がこの様な犯行に参画せざるを得ない状態に立ち到つたのは被告人チエニーより同人が判示第一の如き窮境に追い込まれたのは一に被告人清子の実弟福田松寿にその責任がある旨問詰され、強く犯行の協力方を要請された為めであり、しかも同犯行の計画、実行等においては被告人チエニーが終始主動的な役割を演じて居り、被告人清子は被告人チエニーの指示するところに従つて行動し、従属的な地位にあつたものと認められる。

(ロ)  判示第三の犯行は判示の如く警視庁において証拠物件として領置中の株券に対して行われたものであつて、この様な所為は法秩序の維持上許し得ない犯行である。しかし、本件において、被告人がこれを犯すに至つた事情には、次に説明するとおり、警視庁係官側の重大な手落がこれを誘発したことを看取できるので、被告人のみを責むるのはいささか失当である。

押収は証拠物又は没収すべき物(以下両者を含め物と略称する)を国家機関(捜査機関及び裁判所)の占有に移す強制処分であつて、被疑事件(被告事件)の究明並びに没収刑の確保に資するために行われるものである。従つて押収によりこれ等の物について占有を取得した国家機関は被疑事件の究明等に必要の存する限り関係人の意思に反してもこれを留置し得ることはもち論であるが、留置中の物に対して有する権限は押収の目的にかんがみ規制されこれを超ゆることの許されないことは当然である。以上の見地から、物を留置中の国家機関の責務を考えると、占有中の物で留置の必要がないものについては事件の終結を待たないで直ちにこれを還付すべきであり、留置の必要があつて留置中の物については所有者その他権利者の利益を保護するため相当の処置をなし、その滅失、盗難又は毀損等を防ぎ、これ等の者に損害を蒙らしめないように善良の管理者の注意を尽さなければならないものと解する(刑事訴訟法第一二三条、第二二二条、同規則第九八条参照)。

ところで、本件においては、右株券は昭和二十九年十月十九日被告人チエニーの判示第二の事実に関する証拠物件(騙取した金を以て購入したとの容疑)として警視庁刑事部捜査第三課司法警察員巡査小野寺豊吉が押収し、爾来警視庁警部補登坂茂春の手許において保管中であつたことが明らかであるが、右株券はその記載内容を精査すれば被告人等においてこれを取得した時期は判示第二の犯行前であつたものと認められ、従つて右株券は判示第二の犯行とは全然関係のないものであることは明らかであり、このことは押収の際にも又その後においても係官が株券の記載を一見すれば容易に知り得た事実である。而して被告人等は昭和三十年一月初旬頃弁護士百渓計助を代理人として警視庁係官に対し右事実を主張してその還付方を申立て、警視庁側においてもこれを容れ近く還付する方針で手続をすすめていた矢先、昭和三十年一月十七日警視庁に重富義男から債権者同人、連帯債務者福田松寿同第百殖産、連帯保証人福田清子なる債務弁済契約公正証書に基く執行委任を受けた東京地方裁判所執行吏が到り、第三者である警視庁で保管中の右株券について民事訴訟法第五百六十七条に依り差押手続をなし、警視庁係官においては被告人等に対して右事実につき何等の通知もせず又その意見も聴かないで右差押を受諾したことが明らかである。惟うに、押収物に対して強制執行としての差押が右の経過により適法に行われれば、その物は差押の効果として執行吏に引渡され且つ競売に付されることとなるが、このことは還付(仮還付を含む)の言渡をなすまでは物を国家機関の管理下に留置することを本質とする押収とは根本的に相容れないものであり、又株券の帰属においても、警視庁側ではこれを被告人チエニーの所有物件として押収しているのみならず、右株券中には公正証書表示の執行債務者以外の名義のものが多数存在して居り、これ等の株券が執行債務者の所有に属するものとは到底断じ難いのであるから、警視庁側には右差押に際し執行吏に対し右株券の提出を拒み得る十分な理由が存在しているといわねばならない。しからば警視庁としては前記債務に基き所有者と目される被告人チエニー等の権利保護のために差押拒否の措置に出なければならない筋合である。しかるに警視庁係官はこれ等の注意を怠り漫然差押を許しているのである。警視庁係官にこのような過誤があつたからといつて被告人清子の行為が正当化されるものでないことは多言を要しないところであるが、この過誤が同被告人の犯行を誘発したものであることは是亦明白なところである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 八島三郎 西川豊長 新谷一信)

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